山田幸代のhappy対談

Happy対談は、プロラクロスプレイヤー山田幸代がアスリートとして大切にしていることを発信するプラットフォームです。スポーツ界で活躍されている方々にフォーカスし、生き方やHappy哲学について対談を行い、スポーツを通して世の中をどのようにHappyにするかをアスリートと共に考え、発信していきます。

Vol.7

第7回の対談相手はスポーツクライミング選手、大田理裟さん。スポーツクライミング日本代表として世界ランキングに名を連ねる彼女にも、プロラクロスプレイヤーの山田幸代と同じく、競技の素晴らしさを日本で広めたいという思いが。個人競技、団体競技の差はあれど、世界を舞台に戦う女性アスリート同士、気付きを得られる対談になりました。

Profile

山田 幸代 (やまだ さちよ)
プロラクロスプレイヤー

1982年生まれ。滋賀県出身。日本初のプロラクロスプレイヤー。2007年9月にプロ宣言し、2008年から女子ラクロス界では世界トップクラスのオーストラリアリーグに加入。2016年12月、念願のオーストラリア代表に選出され、2017ワールドカップ、2017ワールドゲームズに出場。ワールドゲームズでは銅メダルを獲得。2013年4月から母校・京都産業大学の広報大使、2014年12月から京都国際観光大使を務めている。

大田 理裟(おおた りさ)
スポーツクライミング選手

1993年生まれ。山口県出身。2013年のワールドカップで8位に入賞したことをきっかけにプロの道に進む。2015年、アジア選手権にてリードクライミングで3位、ボルダリングでは6位に入賞する。その年の世界ランキング8位に輝き、クライミング界にその名を知らしめた。2016年、クライミング日本選手権リードクライミング準優勝。2017年、日本選手権リード競技大会リードクライミング準優勝。ワールドカップなどを中心に、世界を転戦中。

オリンピック正式種目に決まり
クライミングが知られるように

山田:クライミングを始められたきっかけは?

大田:父が高校の教師なのですが、山岳部の顧問や山口県国民体育大会の山岳競技の監督をしていて、その影響で始めました。

山田:国体の種目にクライミングがあるというのがすごいですね。オリンピックの正式種目に決まったとき、日本中のクライミングファンや関係者の皆さんは快哉を叫んだのではないですか?

大田:ただ、オリンピックでは競技の内容が変わってしまいました。ボルダリング、リードクライミング、スピードクライミングの3つをまとめてクライミングと称しているのですが、これまでは1種目ごとに実施されていた競技が、オリンピックにするには混合にするしかないということで、3種目全部やって総合で判断するルールに変更されました。これだと1種目に突出するスペシャリストよりもオールラウンダーに有利なルールなので、よく思っていない選手はいるでしょう。
例えばスピードクライミングという競技は15mの壁を男子だと5、6秒くらいで登ります。瞬発力に特化した種目です。これに対してリードクライミングは、時間をかけてできるだけ高いところまで登っていきます。同じスポーツクライミングといってもそれぞれ競うところや求められることが違うわけです。

山田:それ、すごく良くわかります。私は今、世界ラクロス協会の役員をやっていて、ラクロスをオリンピックの正式種目にするための活動をしています。ラクロスは10人対10人のスポーツで、サッカーのフィールドと同じように広いコートでプレーしますが、オリンピックではフットサルくらい小さなコートにして、人数を6人対6人に減らすくらい大きな変更を求められます。選手の立場からしたら不本意なことです。とはいえ、それでオリンピックの正式種目に決まるなら、柔軟に対応しようという気持ちの方が強いですね。

大田:まずはオリンピックの正式種目に入れて、競技スタイルを元に戻すのは次の段階。大人の事情で競技の内容は変わりましたが、オリンピックが決まったおかげで、競技の知名度が広まったことは良かったと思います。正直、私がオリンピックに出場することは難しいのですが、もし従来通りの単種目だったら出られたかもしれないという思いはあります。でも、オリンピックには出られなくても、周囲に競技の素晴らしさを知ってもらう活動なら私にもできますから。
私が中学生でクライミングを始めたときは、本当に誰にも知られていないマイナーな競技でした。私がジュニアオリンピックで優勝しましたといっても何のニュースにもならない。ですから、これからはテレビに出演したり、世界大会で活躍したり、皆さんにスポーツクライミングを知ってほしいという気持ちが強くあります。

山田:オリンピックは難しいとおっしゃいましたが、今は自分の得意とする種目での一番を目指すというところですか?

大田:そうですね。今、リードの日本代表なのですが、そこで世界ランキングを上げていきたいと思っています。ワールドカップも世界選手権もあるので、そこで頑張って、もっと知名度を上げていきたい。普段から目標の細分化ということを意識しています。最初から「ワールドカップの表彰台に乗りたい」というのではなく、最初は「世界で通用する選手になりたい」と目標を立てて、それを叶えたら、次は「決勝に残れる選手になりたい」というように毎回立てる目標を細かく設定します。

山田:確かに自分の掲げた目標があまりに遠かったら、そこに到達するまでに迷う瞬間が増えてしまいますね。それを細分化できれば、達成感のフィードバックが早い。

誰も勝てないと思う強い相手でも
自分が勝てるチャンスは絶対ある

山田:国内と国外の競技の違いって何かありますか?

大田:残念ながらクライミングは日本ではまだメジャーではありません。なので、海外と比較すると、大会の盛り上がり方が違いますね。海外では建国記念日などにワールドカップが開かれて、国の一大イベントとして何千人もの観客が集まります。でも日本はまだそこまでではないのが実情です。

山田:日本で競技をメジャーにするために何か考えはありますか?

大田:ボルダリングといってもオリンピック種目になるまでは誰も知りませんでした。それが最近になって知名度が上がってきて、バラエティー番組などでも取り上げられるようになりました。トップの選手たちがメディアに出て活動することが一番大きく影響すると思っています。

山田:国内の選手と国外の選手の違いで気が付くところはありますか?

大田:日本人って器用さが武器ですよね。小柄でもそれだけテクニックが生かせます。海外の選手はダイナミックというか、筋肉が強い方が多いですね。

山田:いろいろなプロスポーツ選手と話をしますが、私がラクロスの日本と世界の選手の違いについて気が付くところと、他の競技の選手が感じられていることが大体同じ。日本人は器用で、海外の選手たちは筋肉や身体が大きいなど、フィジカルに恵まれています。また、その中でも特異な海外の選手に出会うことがあって、筋力もあって背も高いのに、加えて器用。そんなすごい選手はどのスポーツ界にも存在して、トップ・オブ・トップになっていきます。そんな超一流に勝つ戦術は、きっと童話の『ウサギとカメ』しかない。でも、カメだって勝てるチャンスはあるということです。

大田:私もそう思います。常に前に前に、そして休まずに。

山田:進んで行くしかない。ウサギは途中で休んで寝ていてくれるから、私たちカメでも勝機が出てきます。ところが、私が壁にぶち当たったときに一番感じたのは、眠らないウサギがいるということ。フィジカルに恵まれて器用な上に努力する選手がいました。では、どうするのか。考えに考えた結果は、ラクロスはチーム競技だから、たとえ対戦相手に眠らないウサギが1人いても、努力を惜しまないカメが10人いたら勝てるということでした。でも、クライミングのような個人競技だとどう戦うのでしょう?

大田:日本人は地道な努力を積み重ねていけるところが強み。確かに海外にはフィジカルが優れている上に、地道な努力の継続ができる選手、絶対勝てないと思わせるような強い選手はいます。ですが、クライミングは毎回課題が変わって、得手不得手がどの選手にもあります。自分の得意な課題に当たったときなら勝つチャンスがあるという気持ちで諦めずに食らいついていきます。

山田:そんなチャンスが来たときに生かせる、他の選手よりも長けている部分は何でしょうか?

大田:持久力が他の選手よりもあって、指先の力が強いことが私の最大の武器です。女性の手は普通、指先にかけて細くなっていきますが、私は指先まで同じ太さ。触ってもらうと分かりますが、骨がしっかりしていて強い。壁に5㎜の突起があったらぶら下がれます。普通はさっさと行ってしまうところでも、私は時間をかけてじっくり考えながら登るタイプ。

山田:だから、難しい課題のときでもその武器を使って慎重に登っていけるから、他の選手よりも優位なのですね。

大田:そうだと思います。高さを競う競技であるリードクライミングが得意でメインにしていますが、制限時間6分をフルに使い切ることが多いです。

山田:国内の大会で6回優勝、海外でも2位の成績を残されていますが、上位を常に目指していく中で、他の選手になくて自分だけにある強みは何だと思いますか?

大田:私の強みは、環境の変化に動じないこと。私は本当に何も気にならないんですよ。他の選手のことも全く気にならないし。国外の大会では雨や雪の天候の中で登ることだってありますが、そういうときってメンタルを崩したり、調子が悪くなりがちなんです。でも、私は環境の変化が激しい中でも勝ち残ることができます。

山田:それはメンタルトレーニングで鍛えたとかではなくて?

大田:性格でしょうね。空港でも眠って一晩過ごせるくらい本当に何も気にならない。ストレスを感じない性格なんです。嫌なことでと寝たら忘れてしまう本当にいい性格だなと思います(笑)。

山田:うらやましい(笑)。

何度駄目でも挑戦し続ける
成長が目に見えるスポーツ

山田:ラクロスも2028年のオリンピックを目指しています。ラクロスを始めたときからの夢で、子どもたちにラクロスを知ってもらいたいという強い思いがあるからです。私は子どもがとても好きで、昔は幼稚園の先生になるのが目標でした。

大田:実は、私も保育士になろうと思っていました!

山田:本当ですか。一緒ですね(笑)。子どもたちに大きくなったら何になりたいと聞いたとき、ラクロス選手と答える子どもに会ったことは残念ながらまだありません。「将来の夢はラクロス選手になること」と言ってくれる子どもが増えるように、メジャースポーツにしたいという強い思いで活動してきました。オリンピック種目になれば多くの子どもたちに知ってもらえると信じて、自分で世界の各地に赴き、例えばウガンダに行ってラクロスを教えたり、台湾に行って教えたり、アジアにラクロスを広めたり、そんな活動を続けています。
日本のラクロスは、まだまだ人口が少ないので、選手自身が普及させるための行動を起こさないといけない。例えば、アメリカの選手は、メダルを取る可能性があるということを全面的に出してきます。スポーツクライミングでは、オリンピック種目にするためにどんな活動をされましたか?

大田:選手自身は特に競技以外の活動はないのですが、各国の代表がワールドカップで獲得したポイント(男女上位3名)を合計して争う「国別ランキング1位」を取るなどして、強い日本を見せつけることを一致団結して行いました。ボルダリング競技で国別ランキング1位をとってからメディアに取り上げられるようになり、オリンピックが決まりましたね。それはオリンピックを目指すために行ったわけではないのですが。

山田:クライミングの魅力が、皆さんの競技している姿勢から世の中に伝わっていったのかもしれませんね。大田さんの思うクライミングの魅力ってどんなところでしょう?

大田:一回トライしてできることって少なくて、何度も何度も挑戦してやっとできるようになること。登って落ちて、次のトライでやっと行けた、また落ちたけど、その次は最後まで行けたとか、毎回自分の成長が目に見えてわかるのが、このスポーツの一番いいところかなと思います。

山田:向上心を育てるスポーツですよね。

大田:そうなんです。だから、自分がやればやっただけ目に見えて成果があるし、さぼれない競技でもあります。

クライミング人生での
輝かしいハッピーゾーンは

山田:最後になりますが、これまでの人生の中で、光が差すようなゾーンに入る瞬間を経験したことはありますか。ずばり大田さんのクライミング人生の中のハッピーゾーンは何でしょう?

大田:ワールドカップに出始めたときから、フランスの決勝の舞台に上がりたいという夢がありました。それが実現できたときが一番嬉しかったですね。何千人もの観客が私だけを見ている中、スポットライトを浴びて登れる凄く幸せな時間でした。これまで努力してきて本当に良かったなと思いました。

山田:こうやってトップアスリートのお話を伺うと、私自身が歩んできた道をもう一度振り返って、幸せと思えた瞬間をたくさん見つける練習になります。私の中でもハッピーゾーンはまだまだたくさんあると気が付かせてもらえます。私は、ラクロス選手が活躍できる場をたくさん作りたいと思っています。海外の選手たちとの国際親善大会を開いたり、世界に出る選手を生み出したり。そのチャンスを提供したときに、選手たちがさらにその先を目指すという本気の目を見せてくれるときが、私のハッピーゾーン。
選手の夢を叶えるために何ができるだろう、この選手が海外に行きたいなら、誰とコンタクトを取ればいいのか、自分のためではなく、ラクロスを通じて何かを成し遂げようとする人のために一歩踏み出せたときというのは、集中していてハッピーな時間だと思えます。今日、お話を伺いながら、自分の中にあった新たなハッピーゾーンを見つけられました。ありがとうございました。

Message

大田さんにお会いした瞬間に、「とても素敵な笑顔の持ち主だな」と思い、こちらも思わず笑顔になったことがとても印象に残っています。彼女の言葉には強さがあり、クライミングを通して、いろいろなことをたくさんの方に伝えていきたいという思いがあると感じました。
オリンピック競技になったことで、クライミングが改めて注目されている中、彼女は今もこれからも自分の軸をしっかり持ち、周りの人達にいろいろな「楽しさ」を伝えていかれると、私は確信しています。 これからも、大田さんらしくスポーツを愛し、表現していってもらいたいなと思います。
今回は、たくさんお話を聞けて楽しかったです。ありがとうございました。

プロラクロスプレイヤー 山田 幸代


どのような世界にも先駆け的な存在というのは必要ですが、山田さんにはラクロスという競技を普及し、知名度を高めていこうという気概を感じました!
実際にお会いし対談してみて、山田さんのお話には人を惹きつけ夢中にさせる魅力があり、ラクロスをよく知らない私でも一度競技を見てみたいという気持ちが湧いてきました。
スポーツクライミングは幸いにも東京オリンピックで追加種目に選ばれましたが、これに甘んじることなく、多くの方々から支持され愛されるスポーツとなるよう、私に何ができるのか考えさせられる機会となりました。ありがとうございました。

スポーツクライミング選手 大田 理裟

地上最速球技といわれるラクロス。棒の先にネットを張ったスティックを操り、直径6cm、重さ150gの硬いゴムボールを奪い合う競技。特 に男子は激しく相手を叩き合い、接触も激しくその迫力に驚かされる。戦略的なパスワークを生かし、シュートにつなげるチームプレイはサッカーにも似ている。今、2028年のロサンゼルスオリンピックに向けたラクロス普及活動が広まり、 ラクロス人口が日本でも増えつつある。

ラクロスの歴史

ラクロスの始まりは、北 米の先 住民が神聖な儀式として部族間の争いを平和的に解決するもの、競技を通して若者の勇気や忍耐力を鍛えるものとして行わ れていた。19世紀にカナダで新しいラクロスのルールが作られ、その後カナダの国技に認定。男子の競技として広まった後、スコットランドで女子ラクロスが始 まり、ラクロスが世界的に広がっていった。

ルール紹介(2018年現在)

男子ラクロス

  • 1チーム10人構成
  • ヘルメッドなどの防具を着用
  • 試合時間15分×4(クウォーター制)
  • 接触プレイが可能

女子ラクロス

  • 1チーム10人構成
  • アイガードやマウスピースを着用
  • 試合時間15分×4(クウォーター制)
  • 接触プレイは不可
  • 試合開始や再開時はドローという方法をとる

人とつながること、それが不動産業。
人から人へ、架け橋となるような仕事をしたい。
BIRTH代表 / 株式会社髙木ビル代表取締役 髙木秀邦

BIRTH BIRTH

2020年2月 BIRTH AZABU-JUBAN(麻布十番髙木ビル8F)にて
Supported by BIRTH 企画・編集:杉山大輔 
ライター:朝比奈美保 撮影:稲垣茜

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