山田幸代のhappy対談

Happy対談は、プロラクロスプレイヤー山田幸代がアスリートとして大切にしていることを発信するプラットフォームです。スポーツ界で活躍されている方々にフォーカスし、生き方やHappy哲学について対談を行い、スポーツを通して世の中をどのようにHappyにするかをアスリートと共に考え、発信していきます。

Vol.2

2011年、2015年のワールドカップに2大会連続出場し、世界的な活躍を続けるトップアスリートの田中史朗選手。2015年の南アフリカ戦W杯で見事、歴史的な勝利を残したラグビー日本代表の中には彼の笑顔が輝いていた。プロラクロスプレイヤーの山田幸代とは、京都産業時代の先輩と後輩の仲。どこのチームに居ても愛されキャラとして大切にされている田中選手との対談は、競技に対する熱い思いを交えながらも終始温かく笑いに満ちた時間になりました。

Profile

山田 幸代 (やまだ さちよ)
プロラクロスプレイヤー

1982年8月18日生まれ。滋賀県出身。 日本初のプロラクロッサー。2007年9月にプロ宣言し、2008年か ら女子ラクロス界では世界トップクラスのオーストラリアリーグに 加入。2016年12月、念願のオーストラリア代表に選出され、 2017ワールドカップ、2017ワールドゲームズに出場。ワールドゲームズでは銅メダルを獲得。 選手として戦う一方、勉学にも励み、2016年に京都産業大学大学院を修了。2018年から、西武文理大学専任講師。母校・京都産業大学の広報大使(2013年〜2017年)、2014年12月から、京都国際観光大使も務めている。

田中史朗(たなか ふみあき)
ラグビープレイヤー

1985年、京都府出身。日本人初のスーパーラグビープレイヤー。ポジションはスクラムハーフ(SH)。伏見工業高校京都産業大学へ進学。卒業後の2007年トップリーグの三洋電機(現パナソニック)へ入団し、日本選手権優勝、新人賞に輝く。2019年、キヤノンへ移籍。
パスのスキルはもちろん、ゲーム理解度が高くチームからの信頼は厚い。日本代表には2008年に初選出され、2011年、2015年のワールドカップに2大会連続で出場。2015年大会は全4試合に先発出場し、歴史的勝利を挙げた南アフリカ戦では「マン・オブ・ザ・マッチ」に選ばれるなど大活躍。日本初開催となる2019年のワールドカップでの活躍が期待される。

最強のチームづくりの鍵とは

山田:ラグビーと言えば、何と言っても2015年W杯の南アフリカ戦ですね。この戦いは、日本のみならず世界中を沸かせ、ラグビーファンが日本で一気に増えるきっかけになったと思います。試合を重ねるごとにチーム力がどんどんと凝縮していき、得体の知れない力が生まれていく感じが、観ている側にも伝わってきて熱くなりましたが、チームづくりにおいて、それまでと何か決定的に違ったことはありますか?

田中:良好なコミュニケーションが鍵だったと思います。僕自身、ニュージーランドでチームプレーの大切さを学んでいたので、それを日本のチームにも取り入れてチーム力を上げたいとずっと考えていました。2015年のW杯まではチーム内で外国人と日本人が別々で固まり、あまり交わることがなかったんです。それを解決できたことが、チーム力を高めた要因の一つだと思います。

山田:チームづくりは難しいと言われていますが、具体的にどんなことをしたんですか?

田中:ラグビーの場合、チームメイトの数が多すぎて考え方が揃わず、チームづくりが難しいんです。2015年の代表チームでは、マイケル・リーチを中心に英語と日本語を話せる外国人選手と話し合って、コミュニケーション重視のチームづくりをしました。例えば、移動中のバスの席は毎日違う人と座り、ラグビーのことやプライベートなことでも何でも話して、会話を通してお互いに理解し合い、メンバー同士の信頼関係を築いていく取り組みをしました。それが、今までのチームづくりとは大きく違うところだと思います。それに加えて、エディー・ジョーンズ監督が、今までにないつらい練習を課したおかげですね。今思い出しても、本当にあれはキツかった(笑)。

山田:メディアでもエディー監督の激しい練習については随分と取り上げられていましたが、大会が始まってからの様子はどんな感じでしたか?

田中:大会期間中は練習が楽になったので、その分考える時間ができて互いに話す機会も増え、全ての試合に対して意見を言い合い、全員で一つの情報を共有できる時間を設けてもらいました。まさにファミリーのような感じでしたよ。ラクロスの場合はどうですか?

山田:ラクロスの場合、代表の18人が選ばれるまで約100名の中で壮絶なポジション争いが繰り広げられます。開催の半年前に代表の18名が決まってから、やっとファミリーのようなチームづくりをしていく感じですね。代表選手というのは、チームのことを考えながら自分のポジションを確立していく人たちの集まりだから、結局、蹴落とし合いをしている人はまず選ばれないし、トップ中のトップしかその舞台に立てないことを、代表選出に向けてチャレンジしている中で気づきました。代表チームとは、選ばれるための激しい戦いの中で信頼を築き上げられる強い個々の集まりだからこそ、世界で戦えるのだと思います。田中さんを見ていると、チームのことを思い、ファミリーのように作っていきたいという思いをすごく感じますね。

田中:ラグビーも、ファミリーとは言っても実際にはライバルという思いも強いですよ。特に外国人選手は自分の国と戦ってでも、日本でプレーしたいと思っている選手が多いですからね。彼らはモチベーションが違います。海外でプレーして感じたことは、「自分が良ければそれでいい」という人が少ないことです。ラグビーはお酒の場で交流を深める世界共通の文化があるんですが、日本ではそういった場に参加しない選手が多い。それに対して、海外ではお酒を飲まない人でも必ず出席して、勝った喜びを共に分かち合い、負けたことを反省し、熱く語り合うことで仲間同士の結束力を高めています。自分がチームメイトの一員であるという意識、チームを大切に思う気持ちが強いんですよね。僕は、この文化が日本に根付けば、絶対に強くなると思ったので、日本の代表選手たちにこのことを話し、コミュニケーションを重視したんです。熱く語り合ったことは、フィールドに出たとき、「あの人が話していたことはこれか」と、落とし込めますね。

海外へのチャレンジが視野を広げる

山田:私も海外で組織の作り方を学んできたけど、日本と海外のチームづくりは随分と違うなと思いますね。田中さんと同じように、日本でラクロスをもっと広めたいし、メジャーなスポーツにするためにも、海外で学んだことを持ち帰りたいと考えています。オーストラリアでは、勉強会の中で互いの良いところを伝え合ったり、大会中でもチームアクティビティをしたり、チームで遊ぶ機会も多くありましたね。日本はそんなことは自分たちでやっておいてね、と放ったらかしなんです。日本人はシャイだから、そういったことが一番苦手なのに。

田中:ラグビーでも、海外ではチームで何かをするというプログラムが毎週ありました。例えば、ご飯を食べに行くとか、山奥にこもって3日間自給自足で生活するとか。日本でも、こういったことを使ったチームづくりに取り入れるべきだと思います。

山田:田中さんが海外チャレンジしようと思ったきっかけと、チャレンジで心がけていたことを教えてもらえますか?

田中:きっかけは、2011年のW杯で何の結果も残せずに終わったことです。このままいくとラグビー人気は下がり、ラグビーができる環境はなくなり、日本のラグビーが終わってしまうのではという危機感を持ちました。そこで、世界から日本を見てもらえれば、日本のラグビーを変えられるのではと考えたんです。不安でしたが、自分が世界と日本の両方を見てもらえるような存在になれたら何かが変わると信じ、ニュージーランドでのチャレンジを決めました。心がけていたことは、自分のプレーはもちろんのこと、特に普段の行いや振る舞いに気をつけるようにしていました。後に続く人が活躍できるかどうかは、僕に対する印象に掛かっていると思っていたので。他には、チームメイトとのコミュニケーションを大切にしていました。

山田:メルボルンで田中さんにインタビューしたときに驚いたのは、チームに溶け込む早さです。私は、パスさえもらえず、ボールの代わりに卵を投げられるようなこともあってすごく苦労したのに、田中さんはすぐに溶け込み、とても大切にされているのが伝わってきました。チームに早くなじむコツってありますか?

田中:もしかしたら、関西人だからかもしれませんね。笑いの力かな。振られたことに笑いで反応することによって、面白がられてチームに溶け込んでいけたというのはありますね。ハイランダーTVに呼ばれて時々出演していたので、番組を観ている街の人からよく声を掛けてもらいました。これから海外を目指す人たちには、英語を話せるようにしておくことを勧めます。コミュニケーションに「言葉」は欠かせませんからね。スポーツに限らず、会話ができると自分の世界が何倍にも広がります。僕の場合は当初、ミーティング内容の90%は分かってなかったんですけど(笑)。あとは、自分をアピールする力も身につけておくといいと思います。

山田:そうですよね。海外に限らずコミュニケーションツールとしての「言葉」は本当に重要だし、アスリートは特に、伝えることや発信することも大切にしていかなければならないと思っています。

ルールづくりが子どもたちの将来を分ける

田中:そういえば、ラクロスもオリンピック種目に加えられると聞きましたが、実際にどういった感じで進んでいるんですか?

山田:2028年のオリンピック種目になることは暫定的に決まっていて、私は今、世界の選手会のメンバーで、オリンピックのルールなどを決める組織に入っています。ラクロスの場合、W杯では10人制ですが、オリンピックでは6人制にして、フィールドも半分にするなどルールを変えようという案が上がっていますが、そうなると、ラクロスの醍醐味がなくなってしまうような気がしているんです。ラグビーの場合も、オリンピックになると7人制ですよね。選手のみなさんは、そのことをどう捉えているんですか?

田中:個人的には、ラグビーがオリンピック種目になっているだけでうれしいんですが、自分たちも15人制と7人制は別のスポーツと考えていますね。7人制は能力の高い選手の戦いになるので観ていても楽しいですし、ラグビーというスポーツを世界でアピールできるのはいいことだと思っています。

山田:ラクロスは、6人制になるとディフェンスが必要なくなってしまって、別のスポーツになってしまうんですよ。現時点では競技人口が少ないから、子どもたちにラクロスを指導する際、「W杯」と「オリンピック」のどちらを目指したいのか選べ、といった話になってしまうと思うんですね。そうなったとき、今後どうやってラクロスを伝えていけばいいのか悩んでいます。

田中:W杯もオリンピックも同じ競技なら、どちらも目指せてモチベーションが上がると思うので、本来は同じ方がいいでしょう。ラグビーも、両方出られる人は能力が高い人だけで、やっぱりどちらかを選択することにはなってしまいますね。ただ、それぞれ持久力や、瞬発力といった体の使い方の得意、不得意があると思うので、その子の体の特性を生かせる方や、やりたい方を勧めてあげるのが一番かなと思います。

山田:オーストラリアで、代表になりたかったら体重を7キロ増やせと言われたんです。トレーニングを考えてみると、大きな筋肉を動かす練習しかしてなかったんですよね。自分にとってはすごく新鮮だったんですけど、人と同じ練習をするのではなくて、体や特長に合わせた練習で伸ばしていく方法があることに気づけたことは大きな収穫でした。田中さんが、体の大きな人たちの中で果敢にアタックしていますが、怖いと感じたことはありますか?

田中:ラグビーは、自分がタックルで抜かれたり、逃げたりすると、誰かがカバーし、サポートしなければならないんです。そうなるとチームに迷惑が掛かるし、みんながしんどくなってしまいます。僕は体が小さいし、南アフリカ戦では飛ばされていますけど、僕が倒せなくても、恐れずに一歩入っていって相手を少しでも止められれば、あとは仲間が助けてくれると常に思っているので、チームのためにやれればいいという思いだけでやっています。

競技を広めていくためにできること

山田:田中さんは、いつも日本でもっとラグビーを普及したいと言っているけど、W杯自国開催のビッグチャンスの今、どのような役割や発信をしていこうと思っていますか?

田中:正直なところ、スーパーラグビー、トップリーグ、日本代表の他に家族との時間も大切にしているので、テレビ出演や取材は時間調整も含めて結構大変ですね。でも、僕もずっと日本代表ではいられないので、今こうやって代表でいるうちにメディアに出させてもらって、若い人たちや子どもたちに関心を持ってもらえればと思って、できるだけ断らないようにしています。山田さんこそ、一人でラクロスを広めようとされているのは、タフだからこそできることで、見習わないとあかんなと思っています。

山田:田中さんの活躍を大学時代から見てきて思うことは、自分のためというよりも、ラグビーの未来のためにやっているという印象があるんですよね。この冊子のテーマでもある、ハッピーゾーンの話なんですが、私のハッピーゾーンは、子どもたちにラクロスを教えている時。それは、子どもたちに「将来ラクロス選手になりたい」と夢に掲げてもらいたいから、そのために普及活動もするし、海外にチャレンジもする。子どもたちにラクロスをもっと知ってもらいたいというのが、私の中で一番の軸になっているんですよ。田中さんのハッピーゾーンは何ですか?

田中:僕は、国内での優勝、スーパーラグビーでも優勝、W杯の南アフリカ戦にも勝ち、世界選抜とも言われている、イングランドの名門バーバリアンズの一員にも選んでもらえるなど、ラグビー界の中ではかなり恵まれた経験をさせてもらっています。2015年のW杯の後は、TV出演などの仕事も増えてトレーニングする時間が減ってきた中で、「自分は今後どのようなモチベーションでラグビーに向き合うべきなのか。もしかしたら、もうやりきったのかな」と、ふと思いました。でも、仲間とパスやキックをしていると本当に楽しくて、純粋に「ラグビーが好きなんや」という思いが心の底から湧き上がってきたんです。だからこそ、自分はラグビーのために活動できていて、ラグビーがあるからこそ今の自分がいるんだと再認識しました。恩返しを楽しみながらできるって、最高に幸せなことだと思っています。それが僕のハッピーゾーン。おまけとして、チームメイトとお酒を飲みながらラグビーを熱く語り合うことも(笑)。

山田:素晴らしいですね。最後に、ラグビー選手など、アスリートとして活躍することを目指している人たちにひとことお願いします。

田中:人生もスポーツもつらいことは必ずあります。重要なのは、そのつらいことを楽しいことに変えられるかどうか。本当につらい練習のとき、僕は奥さんのことを考えると少し楽になります(笑)。そんな風に思い描くと頑張れるものを見つけるのもいいのかな。小さい頃はやりたいことを思いっきりやって、年齢が上がってきたら知識や技術を覚えていく、そうすると、体が小さいとか大きいとか関係なく、競技を楽しみながら続けられると思います。

Message

田中選手は本当に"ラグビーが好きなんだな"と、いつも感じます。
彼の一言で、周りのみんながラグビーに興味を持ったり、もっと観てみたい!もっと知りたい!そうやって、ラグビーファンが増えていっているように思います。とても強い決意があり、挑戦に対して挑む気持ちが誰よりも強く、そして、その一瞬一瞬を楽しんでいる田中選手を心の底から尊敬し、羨ましくさえ感じます。自分も、そんな影響力がある存在になっていきたいと思わせてもらいました。
フミアキ!頑張って!!いつも応援しています!

山田 幸代


地上最速球技といわれるラクロス。棒の先にネットを張ったスティックを操り、直径6cm、重さ150gの硬いゴムボールを奪い合う競技。特 に男子は激しく相手を叩き合い、接触も激しくその迫力に驚かされる。戦略的なパスワークを生かし、シュートにつなげるチームプレイはサッカーにも似ている。今、2028年のロサンゼルスオリンピックに向けたラクロス普及活動が広まり、 ラクロス人口が日本でも増えつつある。

ラクロスの歴史

ラクロスの始まりは、北 米の先 住民が神聖な儀式として部族間の争いを平和的に解決するもの、競技を通して若者の勇気や忍耐力を鍛えるものとして行わ れていた。19世紀にカナダで新しいラクロスのルールが作られ、その後カナダの国技に認定。男子の競技として広まった後、スコットランドで女子ラクロスが始 まり、ラクロスが世界的に広がっていった。

ルール紹介(2018年現在)

男子ラクロス

  • 1チーム10人構成
  • ヘルメッドなどの防具を着用
  • 試合時間15分×4(クウォーター制)
  • 接触プレイが可能

女子ラクロス

  • 1チーム10人構成
  • アイガードやマウスピースを着用
  • 試合時間15分×4(クウォーター制)
  • 接触プレイは不可
  • 試合開始や再開時はドローという方法をとる

人とつながること、それが不動産業。
人から人へ、架け橋となるような仕事をしたい。
BIRTH代表 / 株式会社髙木ビル代表取締役 髙木秀邦

BIRTH BIRTH

2019年4月 BIRTH LAB(麻布十番髙木ビル1F)にて
Supported by BIRTH 企画・編集:杉山大輔 撮影:稲垣茜

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